MeguのYouth&Health研究所

わたしの人生

ノンバイナリーになったきっかけ

ここ数年、ジェンダーレスの時代になりハタと自分自身の性別?的なものを思った時に、

 

もう、男でもなければ女でもない。 

 

つまり男のような自分と女のような自分が私の中に両立して存在しているというか、、、

 

わたしはきっとフィクション。

同じ周波数を持っていない人物から見たらただの風景画。

 

家系は3世代が一つ屋根の下で暮らす家に生まれる。

 

ノンバイナリーという類になったのは中学生の時に自分が女なのか男なのかわからなくなったという感情が出てきたのが始まりだったと思う。

 

でも、そうなったきっかけは祖母から受ける心理的精神的虐待が原因でもあった。

 

 

長女として生まれたが、女の孫が生まれた事に祖母は激怒だった。

自分が男の子を産めなかったことを実の娘に託したのだ。

にも関わらずに生まれたのは祖母の希望していた男の子ではなく、女の私だったもんだから不服と不満なわけである。

 

祖母の不満は消えることはなかった。

 

生まれて1才になると、私の髪の毛を全てバリカンで刈ってまる坊主にして青い頭を写真に納めてアルバムにしていたのである。

 

次に、女である事に恥の意識を持たせる為に下半身の写真を撮影してアルバムにして親戚が泊まりに来た時に母親がそのアルバムを出して皆んなに見せて笑い者にされるのだ。

 

3才になると、トイレが自分で出来ない為に祖母が抱えて廊下から排便や排尿をするようにさせられ、そこに飼っていた犬を呼ぶのだ。

 

その犬の名前はマリ。

マリを呼んで私の排泄物を食べさせる。その後に必ずこう言うのだった。

 

『マリはオメーのクソが好きだとよ。クソガキのクソはうまいうまい。マリの好きなものはオメーのうんこ』

 

このマリのくだりを30年以上ことあるごとに口にし、繰り返しバカにしてきて感情を傷つけられ続ける現実だった。

 

小学校に入ると女の子が可愛い服や髪の毛が長くて可愛い髪飾りなどを付けて学校にくる。

 

お母さんにくくって貰ったって話してきて、キラキラしていた。

 

自分はというとボサボサにされた頭。服はチグハグで丈や長さも合っていないもの。

 

私も他の女の子のように可愛い服を着て髪の毛を伸ばして皆んなのように可愛くなりたかった。お母さんにも髪の毛を結んで貰いたかった。

 

なので、母親に髪の毛をとかしてと頼むと顔をムスっとして面白くなさそうにしながら、くしで優しくとかすのではなく、強くひっぱったり絡まったところを引きちぎるのだ。そして頭の上でなんでお母さんがやらないといけないんだあんたが自分でやれ自分のことは自分でしろと7才なのに永遠と言われる。学校で周りの友達から聞くお母さんとは大違いだった。

 

それでも、髪を長くしたくて伸ばすと言って無理やり長くしたら、当時、シラミが流行り隣りの席の子から移されてしまい、先生が家に連絡をした。電話に出た祖母は、これ見よがしに、髪の毛を伸ばしてるからそんなことになるんだ。と劣化の如く怒りつける。祖母が通っている内科に連れてかれて医者にシラミを見せて、卵しか残っていないと言われると、髪の毛が汚ないクソガキがと言われ病院の帰りに、首根っこを掴まれ髪の毛を切れと、連れていかれたのは男の人が通っている理容室だった。

 

そしてわたしは男の子と同じ刈り上げの角刈りにされて、女の子の姿からはかけ離れた容姿にさせられたのだ。祖母はその姿に大満足してことあるごとに私に対して、長い髪の毛は好かない髪の毛の長い女は大嫌いと何年もの間ずっと言い放つ。嫌いという言葉を人格に散々刷り込まれた。そして髪の毛を切れと強要し小学校の頃はずっと男の子のように短髪かボサボサ頭だった。

 

髪型も自分の性とは真逆な状態にさせられる現実がとても悲しくて辛く、髪が伸びて切りに行く度に理容室の鏡に映る自分がバリカンで角ガリにされてゆく姿を見て落胆するのだった。そのうち服装などもおかしくなっていた。

 

学校では女の子がスカートを履いてるのも羨ましかった。そしてお下がりでスカートを貰ったので嬉しくて履いて学校に行くと頭と顔は男で服装は女。

せっかくスカートを履いたのに鏡やガラスに映る自分の姿を見て悲しく暗い気持ちになり何ひとつ嬉しくなかった。

 

わたしは家族として孫や子供として大切に扱われたかった。でもこの人間達と環境の中でそれを望んでも叶うことはなく痛みと苦しみ、恐怖ばかりを与えられる現実から、

 

次第に私が女だからこんな目に合うんだと思い込んだ。そして男の子を観察するようになっていた。

 

歩き方はガニ股、ポケットに手を入れて靴は踏んづけて履く。そして半ズボン。野球やサッカーをする。

だけど、体はガリガリでスポーツをするような体力もなくて出来なかった。

 

男になれば祖母は喜ぶと思った。だけど現実は肉体が女だから喜ぶなんてことは無かった。

 

そして自分が女である苦痛から苦しみへと変わっていった私は性別という概念が薄れていって大人になるにつれて何ものでもない自分へと意識が変化していった。

 

性というものを、制限不自由な地球の人間達の意識の中で生きる為に型に羽目た方がいいとするなら、それが現代のジェンダーレスの中で説明するならばノンバイナリーが1番近いという結論に至ったのである。

 

だから男ですか?女ですか?って聞かれても、肉体としては女だけれど心はわたし自身です。と言う説明の方がしっくりしたりする。

 

他の人が経験しないことを経験した私の心は女でもなく男でもないというようになってしまったのだ。

 

祖父母や両親から受ける心理的虐待の現実を生きる為には肉体と繋がる心の性という意識を殺しきり犠牲にするしかなかったのだ。

 

 

 

MeguのYouth&Health研究所